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東京高等裁判所 昭和32年(う)1964号 判決 1958年10月03日

被告人 三上仲三郎

控訴人 弁護人 長谷川勉 外四名

検察官職務代行者 弁護士 名尾良孝

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮三月に処する。

但し、一年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人長谷川勉、同音喜多賢次の控訴の趣意第三点について。

弁護士法第一条、第二条及び第三十一条によれば、弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力し、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め法令及び法律事務に精通しなければならないのであり、弁護士会は、弁護士をして右使命を達成し、職務を完遂させることを主たる目的として設立された法人であることが明らかである。して見れば、本件のように人権に関する事件につき、弁護士会として、告発をし、又、事件を裁判所の審判に付することを請求する権能があると解するのが相当である。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 滝沢太助 判事 久永正勝)

弁護人長谷川勉、同音喜多賢次の控訴趣意

第三点埼玉弁護士会が本件告発をなしたことは違法であつて、訴訟条件を欠くものと思料する。

原判決はその理由中において、

「弁護士会の実質はむしろ私人たる弁護士の自律的団体であることに存し、この立場から法人として本件のような人権侵害事件を調査、告発し、また刑事訴訟法第二六二条第一項により告発者として審判に附することを請求し得ると考えてもなんら弁護士会の本質に反するものでない。」

と判示した。

ところで現行弁護士法第三一条第二項は『弁護士会は、法人とする。』とのみ規定しているが、この用語例は『市町村は法人とする。』と規定してあるのと同様であつて、公法人であるか、私法人であるかはその法人の実質から判断して、その目的が国家目的の為めに存するか否かをもつてこれを決すべきものであつて、この点に於て弁護士会は公法人であるとの解釈が通説である。(ここではその理由を省略する。)

しからば、弁護士会が公法人である以上、その存立の目的が国家から与えられたものであつて、従つてまた、その法人としての権限および権能は弁護士法により特定せられていると言わなければならない。

『法人は法令の規定に従い定款又は寄附行為に因りて定りたる目的の範囲内に於て権利を有し義務を負う。』(民法第四三条)のであるから、目的に関連のない行為はその能力の外にあり、従つて無効の行為となるのである。(英米法に於る所謂権限踰越の法理)

特に公法人に於てはその目的が法定せられているところであるから、弁護士会は弁護士法および同法に基き制定せられる弁護士会会則に準拠してのみその能力を有するものと解すべきである。

即ち弁護士法第三十一条に於てはその目的を「弁護士会は弁護士の使命及び職務に鑑み、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。」と規定し、更に弁護士法第三十三条に於ては会則の記載事項として、

十三、建議及び答申に関する規定

の事項が定められているだけである。

なお、同法第四十二条第二項においても『弁護士会は弁護士事務その他司法事務に関し、官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。』と規定してあるのみである。

さて本件のような人権侵害事件について、国家はいかなる行政運営の態度を採つているかを考究してみると、法務省設置法(昭和二十二年法律第一九三号)に於て、

第二条 法務省は左に掲げる国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関とする。

六、人権の擁護に関する事項

とあり、更にその部局として、

第三条 法務省には大臣官房及び左の七局を置く、

人権擁護局

を設置し、その分掌につき、

第十一条 人権擁護局においては左の事務を掌る。

一、人権侵犯事件の調査及び情報の収集に関する事項

四、人身保護、貧困者の訴訟援助その他人権の擁護に関する事項

と規定している。

更にこれらの規定をうけて、

人権侵犯事件処理規定(昭和二十九年六月二十一日法務省訓令第一号)が制定せられ、同規定は、

第十条 法務局長、又は地方法務局長は事件の調査をしたときは、事件の内容に応じ左に掲げる措置をとるものとする。

一、刑事訴訟法第二百三十九条第二項の規定により告発をすること。

二、加害者又はその監督の機関等に対し勧告すること。

を明規しており、本件についても、前記規定に基き浦和地方法務局長が法務省人権擁護局、東京法務局と協議のうえ、一般勧告(告発および処分勧告を避け将来に対する警告)の措置をとり、その書面を埼玉県警察本部長に通達している。

このことは記録上明白なところである。

このように人権侵犯事件についての国家機関である浦和地方法務局長が、告発を不適当とし一般勧告の意思決定をしているに拘らず、一方公法人たる埼玉弁護士会が、右の国家機関の意思決定を無視してこれと背反する意思決定である告発をすることは、国家目的を有する公法人としては適当ではない。もしもかくの如きことが行われるに於ては、国家の意思決定が相反して多元的に表現せられることになつて、国の行政事務を一体的に遂行することは不可能となり国家意思の分裂を来すことになるであろう。

公法人たる弁護士会は弁護士法及び弁護士会会則に則り、人権侵犯事件についてはその事案を調査し、その意見を国家機関たる法務省人権擁護局、法務局、地方法務局に建議するにとどめるべきであつて、弁護士会自体が告発することは権限外の行為であつて公法人の性格に鑑み失当である。

もとより弁護士会所属の弁護士が単数或は複数において告発することは自由であるが、公法人たる弁護士会がその資格において告発または準起訴手続を遂行することは公法人としての権限外のことに属し、法的には無効、かつ違法のものであると考られるから本件審理は訴訟条件を欠くものとして棄却さるべきものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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